真田坂 第25号
上田の民話「小泉小太郎」
語り ● 文 稲垣勇一
「小泉小太郎」の特色と地域性
古来、蛇は人々にとって、自分たちの理解を超えた沢山の不思議な力を持つ畏敬の対象だった。脱皮すること、強い生命力や精力を持つこと、冬眠すること、異様な形であること、猛毒のマムシがいること等々。とりわけ、水陸を自在に行き来する力や、くねくねと水を渡る姿に、川の流れや稲妻の形を重ね、水神あるいはそのお使いと捉え、深く信仰するようになる。また、脱皮や冬眠の習性に、死と再生を繰り返す命の永遠を見、これも強い憧れと信仰の対象となった。
それはやがて、主に朝鮮半島や中国から先進文化と共に移入された、比較的新しい竜信仰と結びつく。水神は竜蛇(りゅうだ)として日本の表層文化の津々浦々に広がる。けれども蛇神信仰は、地域民俗の深層に広く根強く今も残る。
「小泉小太郎」伝説は、その遠く深い日本固有の水神信仰を引き継ぐ。竜神と切り離して、きっぱりと蛇神として伝承されていることが貴重な特徴といえる。安易に竜と結び付けて伝えてはならない。またこの伝説は、古く三輪山(みわやま)伝承とも通じる苧環(おだまき)型話型*の異類婚姻譚(いるいこんいんたん)。それは竜では成立しない。蛇でなければならない。
ではなぜ、塩田平に暮らす人々の思いとして、この蛇にまつわる物語が生まれたのだろうか。そこには上田地方も含めた塩田の地域性・風土性が色濃く染め込まれる。
塩田平の南に一見高くそびえて見える独鈷山(とっこさん)は、実は岩が多く保水力が低い。また、山の南はすぐ内村の深く長い沢で、山も浅い。その上、上田地方は全国でも有名な少雨の地である。だから、独鈷山をほとんど唯一の水源にする産川は、夏の渇水期になると狐川とか化け川といわれ、水が地表から消えてしまう時や所もある。
さらに江戸時代、塩田三万石といわれる穀倉地帯で、塩田平の人々にとって水の便の悪さは、他の土地以上に死活問題だった。したがって水への思いは大変強く、基本的な水対策である溜池造成の外に水神への信仰が厚く「延喜式(えんぎしき)」にも載る水を御神体とする塩野神社もあり、「岳の幟(たけののぼり)」を始めとして雨乞い行事も多様に残されている。そうした事の上に「小泉小太郎」伝説は成り立ち伝えられてきた。
「小泉小太郎」の現代性と未来性
物語はここから本格的に里=人間世界の話に移る。
世間の目から見ると、小太郎はどうにも異様な少年だ。世間の人は常識はずれという表面的で目先の事柄だけを見て、困ったものだと判断する。けれども、親・親族・親しい人々の目は、それと違う。外から目線の価値判断や感情で疎外することなどできない。命への思いが異なるのだ。婆さまは周囲がなんと言おうと、小太郎をひたむきな愛情で包み続ける。
子供はそうした大人の信頼や愛情を目いっぱいに受けて、知恵とエネルギーを溜めて行く。そしてある日突然、周囲が目を見張るような力を示す。長いこと幼な気だった子どもに三、四カ月ぶりに会って、大人びた行動や思いやりに驚く。そして「大きくなったねぇ、急に」と思わず声をかける。今も日常によくある情景だ。子どもは溜めては伸び、溜めては伸びて階段式に成長して行く。溜めの時間や質は個々の子どもによって違う。小太郎は溜めの期間が際立って長かっただけだ。その分、溜め込んだ知恵とエネルギーは大きい。思いの浅い大人は、それが読めずに待てない。子どもの未来が見えない。そして「三年寝太郎」とか「ものぐさ太郎」とか揶揄する。彼らの将来の大きな仕事など見当もつかない。それが待てるのは無償で賢い愛と信頼だけだ。
そう。 「小泉小太郎」物語は、婆さまの姿を通して私たちに伝える。
「小泉小太郎」伝承を、ここでは二つの視点から見てきた。もちろん、この伝承が伝えるものはそればかりではない。例えば、異界・境界とは何か、川や水の力をどう捉えているか、老婆の死は何を語りかけているのかなどなど。民話は象徴の文芸である。ひとつの事柄が含むものの奥は深く広い。私たちはそこに立ち止まり「小泉小太郎」伝承を通して語りかける先人の思いに耳を傾け、その人々に繋がる。民話と向き合うことの醍醐味がそこにある。(真)
これは、真田坂で行われた上田地域の民話の語り会の一ページです。上田地方にはたくさんの民話があります。「つつじの娘」「神川の由来」「西行の戻り橋」「座頭ころがし」「枝垂れ榎えのき」「小こた太ばば」「金焼き地蔵」「舞田峠の焼き餅石」等々。上田は民話の宝庫です。 なかでも「小泉小太郎」は、内容が深い上に、物語としての骨格がしっかりした優れた話の一つと言われています。有名な『竜の子太郎』(松谷みよ子・作)の素材として取り上げられたことでも知られるこの民話は、文中にも説明がありますが、竜でなく古来から変わらずに蛇のまま伝えられている点やその背景にある地域性、語りものとして多様に展開される世界、ひとつひとつの出来事に込められているであろう想いに触れることが出来る、素晴らしい話です。民話は、子どものものだけではありません。大人が聞いてもその奥深さから学ぶ事もたくさんあります。実際の語りを聞きたい方は、http://sanadazaka.jp/で聴くことができます。臨場感あふれるひと時を体験してみてください。
(真田坂編集部スタッフ)
上田の化石・岩石・鉱物 ~不思議な形! きれい! 珍しい化石や石、地形~
文 ● 飯島新一郎 監修 ● 山辺邦彦(郷土地質研究家)
小泉小太郎伝説に登場する蛇骨石は、上田市の西方、産川上流の鞍が淵の岸辺で拾うことができます。科学的には沸石(ふっせき)ともゼオライトとも呼ばれる鉱物でして本当の骨ではありませんが、放射状に集まった純白の美しい結晶を見て、そこに大蛇の骨を想起した昔の人々の想像力の豊かさに驚かされます。
上田には不思議な形をしていたり美しい姿の鉱物や岩石、学術的に貴重な化石、奇妙な景観の地形があります。蛇骨石のように伝説伝承と結びついたものや、興味深いエピソードを持つものも多い中で、7種類を選んで写真とともにご紹介いたします。
シナノイルカ
上田市小泉の高仙寺の裏山にある別所層(1400~1500万年前の地層)から出てきた、原始的なイルカの化石です。現在のイルカと違う大きな特徴として、歯が極めて小さく数が多いこと、また体長に対して手が極めて長いことが挙げられます。高仙寺の裏の泉田博物館の中に、同じ場所から出土したクジラの化石とともに展示されています。
焼き餅石
舞田峠の青木層(1100~1400万年前の地層)からは茶褐色の卵型をした焼き餅石が出てきます。これはノジュールといい、砂質泥岩に鉄分が付着して固くなったもので中は空洞になっており、振ってみるとカラカラ音がするものもあります。その姿が焼き餅(おやき)のようであるところから、焼き餅石の名がつきました。
旅の僧から餅をくれないかと請われた老婆が、「これは石の餅だから食べられない」と言って僧を追い返したところ本当に餅が石になったという、「弘法大師の焼き餅石」伝説があります。
なお焼き餅石は武石でもよく知られており、こちらの内部はウグイス餡のような緑簾石(りょくれんせき)の結晶となっています。
天狗石(てんぐいし)
太郎山の山腹には人が人差し指をさした形の崖(指さしゴーロ)がありまして、その人差し指の先のところにきれいな形の柱状節理(ちゅうじょうせつり)が発達した流紋岩(りゅうもんがん)の露ろとう頭があります。節理がある流紋岩から柱状に抜け落ちたものを天狗石といい、石柱や神社の灯篭として珍重されて来ました。ここまで美しい石柱となって剥離する柱状節理は珍しく、天狗によるものと崇められたのももっともなことに思われます。 ちなみにこの流紋岩は、940万年前のマグマ貫入により太郎山ができた時のものです。
玄能石(げんのういし)
主に別所層から産出する石で、主成分は方解石(ほうかいせき)です。上田市と青木村の境にある越戸(こうど)が有名な産地ですが、他の地区からも見つかっています。その形は石器時代の打製石器にそっくりで、実際に石器だと思われていたこともありました。ナイフ形のほかにも、星型や手裏剣型をした玄能石も存在しています。
鴻之巣(こうのす)
鴻之巣は、東西約190mにわたって見られる美しい縞模様の崖です。これは青木層の地層が露出したもので、浅い海の底に堆積した砂礫(されき)からできていますので、手で崩せるくらいにもろい崖になっています。
赤茶けた色の縞模様は褐鉄鉱です。近年、鴻之巣ははるか昔の鉱山跡で、鉄を掘り出すために崩してできた人為的な地形だとの説が唱えられています。鴻之巣のような地形が自然にできる場合、川による浸食が原因となることが多いのですが、鴻之巣の周辺には大きな川が無いので川の浸食が原因でできた地形とは考えられません。また、褐鉄鉱を含む地層部分は固いですので浸食の影響を受けにくいはずなのですが、鴻之巣ではむしろ褐鉄鉱を含む地層が優先的に削れている痕跡があり、これも自然にできた地形とは考えにくいところです。神代の昔から続くとされる生島足島(いくしまたるしま)神社がこの近くにあり、国の鎮めとして信仰されてきたことを考えると、鴻之巣が鉄の鉱山だった可能性があることは興味深いところです。
ちがい石
独鈷山の北側、前山寺の裏山の弘法山に産出する全国的に見ても珍しい石です。ガラス光沢のある石が×印のように互い違いになっているところから、「違い石」と名付けられています。その昔、弘法大師がこの地を訪れた時に、この石を持っている者は自分の加護が得られると誓ったという伝説があり、「弘法大師の誓い石」とも呼ばれています。
ちがい石は中性長石という鉱物です。独鈷山へと貫入したデイサイトの中で生成され、長い年月の間に風化して結晶だけが抜け落ちてできました。拍子木状の二つの結晶がX字状に交わっている形をのものをカールスバッド双晶といい、ここまできれいなものは全国的に見ても珍しく、上田市の天然記念物に指定されていますので持ち帰らないようにしましょう。
黄鉄鉱
太郎山の裏参道沿い、黄金沢(こがねざわ)上流の流紋岩には金色に輝く黄鉄鉱の結晶がたくさん含まれています。
黄金沢の名はこれにちなんでおり、本物の金ではないものの美しい金属光沢を楽しむことができます。黄鉄鉱も太郎山が形成された時のマグマ貫入によりできたものです。 黄鉄鉱は酸化すると硫酸を出し、黄金沢をはじめとした太郎山から流れ出る川の多くは強酸性となっています。上田城下町の用水をはるか東の神川から引いてきているのは、このためです。
ご紹介してきたおもしろい鉱物・化石は、上田ならではの珍しいものです。驚くような面白い形をしたそれらを見て、自然の造形の不思議さに人知を超えたものを感じるのは、科学万能の時代に生きる私たちも昔の人と同じところでしょう。ご紹介したものの多くは上田創造館1F展示室にて見ることができます。
そして、地図を片手におもしろい鉱物・化石が一体どこで出て来るのか、実際に歩いて見に行ってみましょう。どうしてその場所でそんなものが出て来るのか、その生い立ちにまで想いを馳せれば、数千万年前のダイナミックな地球の動きを見る地質学の門がそこに開いています。
編集後記
発行日:2018年3月31日
今号、寄稿や取材協力いただいた皆様に厚く感謝申し上げます。
次号では2千万年前のフォッサマグナから現在に至る、上田を形作った巨大な地質変動を掘り下げる予定です。
今後とも真田坂をよろしくお願いいたします。
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● 「真田坂」担当理事:飯島新一郎
● スタッフ:佐藤隆平/平林敏夫/増田芳希/飯島新一郎/町田和幸/寺島遼